大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5738号 判決 1959年6月03日

原告 本間武

被告 石村与四雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

請求の趣旨として

(一)  被告は原告に対して東京都渋谷区原宿一丁目七二番の七宅地五〇坪をその地上の木造瓦葺平家建居宅一棟(建坪一二坪)附属木造瓦葺平家建居宅一棟(建坪三坪)を収去して明渡せ

(二)  訴訟費用は被告の負担とする

との判決を求め

其の請求原因として

(一)  原告は請求の趣旨(一)記載の宅地(以下本件宅地と略記する)について競落に因つてその所有権を取得し、昭和三三年六月一八日所有権取得登記を得た。

(二)  被告は何等正当の権原もなく、本件宅地上に請求の趣旨(一)掲記の家屋(以下本件家屋と略記する)を所有し、その敷地として本件宅地を占有使用している。よつて本件宅地所有権にもとずいて本訴件に及んだものである。と述べ

被告の答弁に対して

被告の父訴外石村与三松が昭和二七年九月一四日死亡したこと及び本件宅地について訴外西村小三郎が昭和二八年九月二五日抵当権の設定をうけ、昭和三〇年九月これにもとずいて本件宅地の競売申立をなし、原告が昭和三三年六月七日これを競落したことは認めるが、右訴外石村与三松と訴外麻生深沙との間の本件宅地の売買契約の事実は否認する。即ち原告が本件宅地の引渡命令執行に際して被告或わその実弟母等に会つたときにも、本件宅地が原告の競落前には、訴外麻生深沙の所有であつたことを認めていたのである。

なおその余の被告主張事実は不知と述べ、本件宅地と本件家屋とが本件抵当権設定当時同一所有者に属していたとの被告の主張は事実無根であり右当時本件土地は訴外麻生に、本件家屋は被告の所有であつたもので、このように所有者を異にするときは民法第三八八条の適用はないものであるからこの点からするも被告の法定地上権の主張は失当であり、又課税台帳に本件家屋のうち一棟について訴外麻生深沙名義に登載されていたことによつて訴外麻生に法定地上権の生ずるという被告の主張は、右台帳の記載を登記とを同一視するものであり失当であるばかりでなく、仮にその主張の通りとしても、被告のための本件家屋所有権保存登記によつて訴外麻生の法定地上権を被告が承継することにはならない。と述べ

証拠として

甲第一乃至第一二号証(うち第九号証は一乃至三に分けられる)を提出し、乙第一乃至第二号証の各一、二は不知其の余の乙号各証は成立を認めると答えた。

被告訴訟代理人等は主文同旨の判決を求め

答弁として

(イ)  被告が本件家屋を所有(後述のとおり共同相続人の一人として)しその敷地として本件宅地を占有していること及び本件宅地について原告のための所有権取得登記の存在することはこれを認める。

(ロ)  本件宅地は原告の所有に属するものではなく被告の所有(後述のとおり共同相続人の一人として)に属するものである。即ち本件宅地はもと訴外麻生深沙の所有であつたが、昭和二六年五月被告の父石村与三松が右麻生から本件宅地及び本件家屋(但し家屋は未登記)を代金三五万円で買受け、右代金は同年同月一五日迄に完済され、目的物の引渡をうけた後爾来その死亡(昭和二七年九月一四日)までこれを所有占有し、父死亡後はその長男である被告と他の相続人(与三松の妻きよ、弐男正夫、長女節子、八男幸次郎)がこれを相続し所有占有しているものである。したがつて本件宅地及び本件家屋に対する公租公課は訴外麻生の名においてではあるが訴外与三松及び被告において納付してきた。但し本件宅地及び家屋の登記は当時売主である訴外麻生が住所を変更しその印鑑証明の交付を受けるのに手間どつたため未済のままになつていた。しかし、本件家屋については昭和三三年七月一六日東京法務局渋谷出張所受付第一八七五七号を以て職権に依つて被告単独所有の所有権保存登記がなされている。

(ハ)  他方原告は本件宅地を競落しその所有権を取得したと主張しているが、右競売手続は次のような経過によつてなされたものである。即ち、本件宅地は前記の通り昭和二六年五月被告の父与三松が訴外麻生から地上の本件家屋とともにこれを買受けその所有者となつたが、移転登記未済であつたところ、右訴外麻生方の同居人深野重雄(登記簿上油野重雄となつている)が同訴外人の印鑑を盗用して昭和二八年九月二五日訴外西村小三郎から借受けた金四五万円の債務の担保として西村のため本件宅地に抵当権を設定した。そして右深野は債務を履行しなかつたため西村から昭和三〇年九月本件宅地について右抵当権にもとずいて競売申立があり(同年九月七日東京地方裁判所の競売手続開始決定)深野逃走行方不明のため、深野に対する刑事訴追は進捗しなかつた関係上、訴外麻生は訴外西村に対して抵当権登記抹消代物弁済仮登記抹消等の訴を提起し、この訴訟について昭和三二年七月一七日東京地方裁判所において、右訴外人間に調停が成立し(その内容は甲第一〇号証記の通りである)、この調停条項にもとずいて本件宅地に対する競売手続は進められその結果原告が昭和三三年六月七日金一六万一千円で本件宅地を競落したものである。そして以上の事実からすると

(1)  右抵当権設定契約は目的物の所有者でない者に依つてなされたもので競売申立人である訴外西村は本来抵当権を有しないものであるから、たとえ競落許可決定が確定しても、被告等の本件宅地所有権はこれに依つて何等影響をうけない。

(2)  かりに右の被告の主張が、本件宅地及び家屋についての所有権取得登記がないことによつてその所有権を原告或は訴外西村に対抗し得ないことからして失当となるとしても、右西村のための抵当権設定のなされた昭和二八年九月二五日当時、本件宅地とその地上の本件家屋はその真実の(登記登録上でない)所有者を同一にしていた。従つて民法第三八八条によつて被告を含めての訴外与三松の相続人は競落と同時に本件宅地について地上権を取得したものである。もしそうでないとしてもこの第三八八条の適用は、抵当権設定当時の登記簿上の本件宅地所有名義人と課税台帳上の本件家屋所有名義人とがいずれも訴外麻生深沙であつた、ということからして訴外麻生は競落に際して本件宅地について地上権を取得したものというべきであり、その後昭和三三年七月一六日職権によつて本件家屋に対して被告のための単独所有権の保存登記のなされたことに依つて、被告は右麻生の法定地上権を承継取得したことになるのでこの麻生のために発生した地上権を被告は主張する。したがつて原告の本訴請求には応じられないと述べ証拠として、乙第一乃至第八号証(うち第一、二、五号証は各一、二に分れる)を提出し、証人麻生秀次郎、石村正夫の各尋問を求め、甲第八号証は不知、その余の甲号各証は成立を認める。甲第九号証の一、二及び甲第一〇号証は利益に援用すると答えた。

理由

成立に争のない甲第一号証同第一〇号証、乙第三号証同第四号証同第七号証同第八号証の各記載と証人麻生秀次郎の供述に依つて真正に成立したと認める乙第一号証及び同第二号証の各一、二に同証人と証人石村正夫の各供述とを綜合すると、本件宅地及び家屋はもと訴外麻生深沙の所有であり、宅地については同人名義の登記があつたが家屋は未登記の状態であつたところ、昭和二六年五月二日同訴外人から被告先代石村与三松が買受けこれが引渡をうけて占有使用していたが、宅地の移転登記家屋の登記は被告主張のような事情によつて当初からいずれも未済の状態のままであり、その後当事者間に争のない昭和二七年九月一四日右与三松死亡後は、その妻きよ、長男被告、二男正夫長女節子八男幸次郎(以下被告等と略記する)が与三松の共同相続人としてこれを共有していたが相続登記はいずれも未済で家屋は依然未登記宅地は依然訴外麻生深沙名義の状態にあつた。

ところが昭和二八年九月二五日右麻生方の同居人であつた訴外深野重雄は、自らが訴外西村小三郎から借受けた金四五万円の債務の担保として、右西村のために本件宅地に前記訴外麻生名義を以て抵当権を設定した。(この点について訴外深野が訴外麻生の印鑑等を冒用したことは窺われるが訴外西村においてその事実及び本件宅地が真実麻生の所有でないことを知つてこれをなしたという事実は本件の全立証によつてもこれを認めることはできない。)そしてその結果右西村の右抵当権実行のための競売申立があり、昭和三〇年九月七日本件宅地について競売開始決定がなされ、昭和三三年六月七日原告において競落し同月一八日原告のための所有権移転登記のなされたこと更にその後である同年七月一六日本件家屋について債権者原告からの申請によつて被告を単独所有者とする被告名義の所有権保存の仮処分登記がなされたという諸事実を認めることができる。

そして右認定の事実からすると

(一)  訴外西村は本件宅地について、民法第一七七条の適用上、被告等の登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当することは論をまたないところであり、したがつて被告等は本件宅地についての所有権を以て訴外西村に対抗することはできない関係上、本件宅地に対してこれを訴外麻生の所有物としてなされた本件抵当権実行のための競売は実体法上適法であり、このような競売手続を経て競落し本件宅地所有権を取得しその旨の登記を経た原告に対して、被告等はその所有権を以て対抗できないこともまた明かである。したがつてこの点についての原告の本件宅地所有権を争う被告の主張は失当として排斥を免れない。

(二)  次に被告の法定地上権の主張について判断をするのに、前記認定と説示によつて明かなように、本件宅地は抵当権者である訴外西村及び競落人原告に対する関係では法律上訴外麻生の所有に属するものとして抵当権の対象となり且つその実行に依つて競売されたものであるが、他方地上の本件家屋の所有権帰属関係とその対抗の問題をみると、本件家屋は前記認定のように訴外麻生から訴外石村与三松え譲渡に因り、更に同訴外人死亡によつて被告等の共有えとその所有権の変動があつたのであるが、所有権保存登記のないままの状態であつたので以上の変動について譲渡による移転登記、相続登記のいずれもがなされていないのであり、前記訴外西村の抵当権取得当時の所有者であつた被告等はその所有権を以て同訴外人に対抗することはできず結局訴外麻生のみが抵当地上の家屋所有者である関係上抵当権設定行為の当事者として登記なくともその所有権を訴外西村に主張し得たものでありしたがつて競落人である原告に対する関係においても自己が本件家屋所有者であることを主張しうるわけである。そして民法第三八八条の適用については、抵当土地の上に建物が存在しそれが同一人に所属することについては登記を必要としないものと解すべきであり、抵当権設定当時地上建物についてその保存登記がなくとも、競売の場合において当該地上建物の所有者である抵当権設定者は抵当土地の競落人に対して民法第三八八条によつて地上権を取得しうるものというべきであるから、本件宅地競売の場合についてこれをみると、訴外麻生は本件宅地について原告に対して同条所定の地上権を取得したものということができるが、前記のように本件抵当権設定当時においてはもとよりその後本件宅地の原告に競落される時までに、その地上の本件家屋についてその所有権の移転或は保存の登記を経由していない被告等においては、本件家屋所有権を以て原告に対抗し得ない以上自ら民法第三八八条によつて本件宅地について地上権を取得したものということはできない。したがつて自らが取得した地上権を主張する被告の抗弁は失当として排斥を免れないが、訴外麻生の取得した地上権を行使するという被告の抗弁は、被告等が前記認定事実によつて明かなように、訴外麻生に対して有していた訴外与三松の本件宅地と家屋の買主たる地位を相続によつて承継し、現在においても訴外麻生に対してそれぞれについての登記を請求する権利をいわゆる不可分債権として有するものであることからみれば、その債権者の一人である被告が他の相続人との共有財産である本件家屋の保存行為として債務者である訴外麻生の原告に対して有する前記法定地上権を訴外麻生に代位して行使することは許されるものといわなければならない。もつともこの麻生について発生した地上権行使の法律的構成について被告は以上と異る主張をしているようにみえるが、本件における被告の全主張事実からみると事実としての主張は右のとおりであると認めるのに十分である。

よつてこの麻生のために発生した地上権を行使する被告の主張は正当であり、これに反して原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

以上の次第であるから、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決をする。

(裁判官 安藤覚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例